
子ども食堂は“必要ない”のか?疑問から見える日本社会
2025年09月08日 00:01
池田真市(子ども食堂基金)
「子ども食堂って意味が分からない。孤食の解消とか子どもの居場所づくりより、そもそも共働きじゃないとやっていけない国の仕組みがおかしいのでは?」
SNSを眺めていると、そんな意見を目にすることがあります。確かに耳が痛い指摘です。子ども食堂の広がりは、一方で「本来は行政や社会全体が解決すべき課題を、地域のボランティアに押しつけているのではないか」という違和感とも隣り合わせにあります。
なぜ「意味が分からない」と言われるのか
子ども食堂はすでに全国で1万か所を超えました。しかしその存在意義は誤解されやすく、「貧困家庭の子どもだけが行く場所」「親の責任を肩代わりしているだけ」と見られることもあります。
実際には、経済的な事情にかかわらず誰でも来られるオープンな場所が多く、子どもだけでなく高齢者や地域の大人も一緒に食卓を囲んでいます。
共働き必須の社会が映し出す現実
「子どもを一人で食べさせたくないけれど、働かないと生活できない」。そんな家庭が増えているのは事実です。ひとり親世帯の6割以上が貧困状態にあり、正規雇用でも生活が安定しない家庭が珍しくないという調査結果も出ています。
つまり、子ども食堂は“親の責任放棄を補う場所”ではなく、“社会の仕組みの隙間に落ちた子どもたちを受け止める場”として存在しているのです。
食事以上の役割
現場を訪れると、子ども食堂は単なる食事支援にとどまらないことが分かります。宿題を教えてもらったり、何気ない会話を楽しんだりする中で、子どもたちは「ここに来ると安心できる」と口にします。孤独を防ぎ、安心できる居場所をつくることは、家庭の事情に関係なくすべての子どもにとって大切な支えです。
善意だけに頼れない課題
ただし、子ども食堂はボランティアや寄付に大きく依存しています。そのため「人手不足」「資金不足」といった継続の壁に何度もぶつかっています。
「善意だけでは続かない」という現実を直視し、公的支援や企業の協力と組み合わせて持続可能な仕組みにしていくことが欠かせません。
社会を映す鏡としての子ども食堂
子ども食堂の存在を「おかしい」と感じる感覚は、実はとても大切な視点です。そこには「なぜこの国では、安心して子育てできる仕組みが十分に整っていないのか」という本質的な問題が浮かび上がっています。
同時に、子ども食堂は地域が知恵を出し合い、子どもの孤立を防ぐために生まれた“現場からの解決策”でもあります。
子ども食堂をきっかけに、私たちは「親の責任」か「行政の責任」かと二分するのではなく、社会全体でどう子どもを支えていくのかを考える必要があるのだと思います。
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参考
朝日新聞「子ども食堂、全国に7000か所超 孤食防ぐ取り組み広がる」(2025年6月)
NHK「子どもの7人に1人が相対的貧困 厚労省調査」(2024年12月)
読売新聞「孤立防止と地域の居場所づくり」(2024年)
埼玉新聞「60%以上が貧困状態 食料支援利用の埼玉県内ひとり親世帯」(2025年8月22日付)
テレビ東京『ガイアの夜明け』「子ども食堂 名付け親が一線を引く決意」(2025年8月22日放送)