厚生労働省「国民生活基礎調査」(2022年)によると、
日本の子どもの相対的貧困率は
11.5%(約9人に1人)となっています。
日々の食事に困る子どもたちが、
いまも、この社会にいます。
それは遠い話ではなく、
私たちのすぐそばで起きています。
子どもの頃、私はいじめを受けていました。
当時、生活はとても苦しく、電気やガス、水道が止まる日もありました。
母はほとんど帰ってこず、父の帰宅も深夜だったため、
家ではいつもひとりで過ごしていました。
小学校の給食費も、払えていたのか分かりません。
中学校では給食がなく、お弁当も用意できず、
毎日、家にあったパンだけを持って通っていました。
そんな中、修学旅行の積立金も払えず、
どうしようもなく参加を諦めかけたとき、
祖父が「自分は行けなかったから」と、旅費を出してくれました。
みんなと「同じ」でいられたことが、どれだけありがたかったか。
今でも思い出します。
食べるものがない日もあり、同級生のお母さんが夕食に呼んでくれたこともあります。
さらに、学校のお弁当がパンだけだった私を見かねて、
手作りのお弁当を作ってくださったこともありました。
招かれた食卓の温もりや、分けてもらったご飯の味。
そのひとつひとつが、今も忘れられません。
家族でも親戚でもないのに、温かく支えてくれたそのお母さんの存在は、
私にとって大きな心の支えでした。
温かい食卓に招かれて、ごはんを食べられたことが、
どれほど心を救ってくれたか。
あの経験こそが、いまの私の原点です。
つらい思いもしましたが、両親が私のために必死に働いてくれていたことには感謝しています。
また、高校1年のときに父を亡くしましたが、
父が注いでくれた愛情は、今も深く心に残っています。
あの頃の私を支えてくれた人たちのように、
今度は私が子どもたちの「支え」になれたなら…。
その想いから、この基金をつくりました。
実は昔から、
私には「子どもたちのために何かしたい」という想いが、心の奥にずっとありました。
しかし、日々の生活や仕事に追われる中で、その想いは長いあいだ眠ったままでした。
そんなある日、ふと気づいたのです。
考えているだけでは、
子どもたちの状況も、自分自身も、何も変わらないままだと思いました。
そう思い、行動することを決めました。
仕事をやめるのではなく、本業で得た収入を、
子どもたちの未来のために役立てていく道を選びました。
その想いを、続けていく仕組みとして、
私が選んだのが「基金」という形でした。
基金の運営は、公益財団法人パブリックリソース財団が担い、
私は資金面から支えていきます。
この基金は、私がいなくなった後も、支援を続けていける仕組みとしています。

